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PBCサイト『Petit -ペティット-』に参加中のPLが、主に独り言を呟きたいという欲求を満たす為のブログです。 暫定的に。
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 頬の刺激に硬直した身体のまま息を呑むダートラディアが呼吸を再開するより先に、空気に揺らぎが生じた。二人がかりで――その言葉に反応したか、異なる女神の神気が差し込み、実体を持たぬ霊の姿が結ばれる。携えた剣に手はかけられず、顔に浮かぶのは幾分か面倒そうな色だった。





 立ち上がる気配を見せていたダルナが、ひたりと止まった。その視線は、姿が現れるより先にアルミュールの方へと向けられていた。
「……心中させようってンじゃァ、ねェよ。見届けて、その後の話だろォが」
「ふむ? しかし、私にはそのように聞こえたが。要は、他のものと縁を切り、死して共に在ろうと言うのだろう……なぁ?」
 ただ、その視線と言葉の矛先は、半ばからダートラディアの方へ向けられる。意味合い的には一概にノーとは言えず、黙ったままのその姿へ。もう一つの視線と、そして溜息も重なった。
「その先が欲しいなら連れて逝けとは言ったが、早く死ねともとっとと来いとも言ってねェよ」
「それで、その先の為に女神の胎には戻らない、その為に捨てる必要があるんなら信仰だけでなく何だって捨ててやるって話、なんだけども」
 ダートラディアが継いだ。老い衰えて死ぬのを待つつもりもない、心が根を下ろしていない感じが、殆どダルナを遮るようにした言葉の端々にも滲んでいた。先を促されたが、漠然とした想いは素直に言葉になってくれない。沈黙する。
「わたしは幾つかの魔術は使えるが、所謂"超能力者"ではないからな。黙られても、分からんぞ」
「いや、平たく言ってそれだけ――事実を言えばそれだけ。ただ、それがいつになるかは分かんねーし、何より、"それ"が分からなくなるのが嫌で」
 こわくて。その言葉は口には上らなかった。先延ばしになり、また曖昧な終わりによって自分自身の拠り所が分からなくなることが、ダートラディアという生き物にとってはこの上ない不安だった。
 それに何を思ったか、或いは何か感じたのか、暫し沈黙していたアルミュールが動いた。手を伸ばして一度、黒髪をぐしゃりとかき回すようにして。へぷ、と、ダートラディアが妙な鳴き声を漏らした。
「――だが、明日にもって話じゃねェ。俺が言えるンのは、それくらいだ」
 信仰を捨てる――或いは女神との離別、それは"女神の騎士"にも言えた事だった。衰えての死ではなく、という事も。
「や、まあ、オレもそう思うし、その為にももっと強く尖っていかなきゃと思うし、その前に色々やることもあんだけども――」
 今すぐに試みたところで叶うものでもない。"其の先"を得る為に必要な準備にどれほどの時間がかかるのか、そもそも現実的に可能なことなのかも、今は分からないのだ。
 ダルナが、溜息を一つ落とした。呆れか、怒りか、数度首を振って、
「そうか。つまり、貴様らは、馬鹿なんだな」
 それだけは理解できた、とでも言わんばかりだった。
「…………賢いフリしてるよりゃァ、マシだろォよ」
 アルミュールが、肩を聳やかして嗤う。
「しかし腹立たしいな、思想に踏み込む事が理性的でなく非合理的だというのも知っているが、私も月の子らの一人としての矜持は持ってきた。一族を離れ、獣人と結ばれ、この地に来ても。それはディアにも教えてきたつもりだ。その能力も。女が戦士である為に必要な事も、総て。それが丸ごと、ぽっと出の、何処の誰とも知れない男一人の為に――」
 こつりこつりとテーブルを叩いて苛立ちや拒絶をあらわに、しかし表情はさして変えずにダルナが言葉を紡ぐ。
「ハ、知った事かよ。名乗っても構わねェがな、……俺が"俺"である事に、家名も出身も関係ねェ」
「と言って、単純に消し飛ばしたのではあまりに頭が悪すぎる。なぁ、ディア」
 目を眇め、鼻先であしらうようにして返されたアルミュールの言葉、或いは存在そのものを無視するようにして――拒絶を重ねて、ダルナは再び娘に視線を下ろした。
「一つ教えてやろう。お前がどれほど駄々を捏ね、その頭から信仰を捨て去ったとして、我らが女神は我らが母。元より赦す女神だ、どうあろうとお前を見捨てん。つまり、お前が私の子として生まれた以上、口で縁を切っただ何だと言おうが、その引力を消す事は、不可能だ」
 間が開く。あしらわれさえされずに不機嫌を露にしたアルミュールへ、ダルナが「貴様が貴様だと言われたところで、私は貴様を知らんからな」と返すのに充分な時間が。それでもダートラディアは呼吸を止めたわけではない。半ば以上、予想はしていたことだから。
「……それに抗う方法も探す。それ自体は想定内だから。なら黙ってやっとけって話かもしんねーけど、それも気が引けて……一応。母さんが、此処に来てから故郷? に、手紙出したってのと似たようなものかもしんねぇ」
 ゆっくりと、息を吐くように語り、そして初めて本音らしいものが零れた。胸につかえていたのはそれだと言うように。一瞬空気が緩み、ふいに、アルミュールが剣に手を伸ばした。母子がそれぞれ、始めて興味を持ったというような声と、状況が把握できないと言うような声を上げる。その間にも剣は抜き放たれた。幽かに立つ音がその動作に実体が伴うことを示し、瞬く間に、完全武装の鎧騎士が現れる。
「……やろうぜ?そうすりゃァ、知れンだろ。」

 ◆

 結局のところ、話半分でしか聞いていなかったのだ、こいつは。脳の故障が直っても、頭が悪い――このタイミングで喧嘩を売る理由も分からない。苦い表情を浮かべる娘と対照的に、母は大きく表情を崩して笑い、
「面白い。馬鹿は良いな。実に分かり易い。では、私が勝ったら娘の事は諦めろとでも言わせてもらおうか?」
 そのまま立ち上がった。それは困ると言うダートラディアへ、具体的な言葉を掛ける事もせずに。アルミュールもまたそれに何かを言うでもなく、先程の苛立ちはどこへか、ダルナに向けて口角を上げた。
「戦いに何かを賭けンのは好きじゃねェ、それにコイツが諦めなねェなら結果は変わらねェよ」
「……では叩き伏せるか。表に出ていろ、武具を取って来よう」
 ダートラディアに向け、先に連れて行っておけと言うようにかるく手を振って、女は私室の方へと消えた。その姿を見送ってから、残る二人も外に出る。庭と呼べるような固有の敷地はなかったが、家々が離れているから、とりあえず建物から離れてしまえば人間二人が立ち回る程度のスペースは確保できた。
「まあ、それで丸く収まるなら構わねーけどさぁ。……どーしよ、もう」
「勝てりゃァ、イイんだろォけどなァ?」
「"二人がかり"で、なんとかなればイイなぁという希望的観測をする相手だって言っとく」
「上等だ……」
 目測で空間を確保すると、ダートラディアは自分は混ざる気がないと言いたげな身の置き方をした。実際、どちらの性格から考えても、こうなった以上、下手に手出しをせずに成り行きを見るのが一番いいと思えた。例えば、アルミュールの存在自体が脅かされるような展開にならなければ。
 そうして会話が途切れたのを見計らったようなタイミングで、
「さて――待たせたな」
 黒の衣の上から硬革ベースの合成軽鎧をつけ、何処でも手に入りそうな長剣と短弓を提げた格好で、ダルナが現れた。
「頭の悪い婿に口の利き方を教えてやろう」
「いやそれ何か違う」
「婿じゃァねェよ。……行くぜ?」
 即座に重なる二つの否定に、僅かに口元を歪める女。その武装を一通り見て、アルミュールが緑眼を細めた。呼気を深く吸うような動作は生前の癖で名残、足元を滑らせ、肩幅に開いて。構えた剣の切っ先は少し下がり気味に、盾は下げずに。
 呼応するように、辺りを薄く薄く魔力が覆う。これがダルナの"感覚"であり"間隔"だった。視覚情報から距離感を掴めない、先天的な欠陥を補うための技術。抜き放たれた剣は、手の伸びるまま、無造作に下へ向いた。
「口が悪いのは認めるか。改善が望めなければ、いい心がけだとは言えんが」
 来い、という言葉はない。だが、騎士が先んじて距離を詰める。それでも剣を動かさない相手へ、放たれるのは正眼から振り上げての、真っ直ぐな斬り下ろし。ダルナの身体が、脱力した腕に見合う柳じみた動きで横に流れた。小さく開かれた唇が何事かを囁いて、先程まで頭があった辺りに赤い光の矢が生じ、一瞬の間を置いて撃ち出された。魔力によって生じながらも物理的な光熱のみで構成されたそれは盾に阻まれるが、その表面に溝を刻む。
 アルミュールの口から、小さく舌打ちが漏れた。空を裂いた大剣は地面を叩く前に切り返されている。手へ伝わる熱を感じながら、角度を変えた刃を斜め上に振りぬく。逃れたダルナをぴったりと追ってきたその軌道に、垂らされていた剣が始めて動いた。持ち上げられ、向かってくる刃へ見事"合わせ"られる。斬撃を止めようというのではない。切り上げてくる力を利用してやや下がり、そこでぴたりと足は止め、
「たいした腕力だ。いい剣だ。淀みないが愚直ではない」
 そして、もう片手を添え、その体格差の中にあって剣を押し込んだ。
「…………。これが、"俺"だ」
 受け流された動きに僅かに見開かれた緑眼が、再び眇められる。ダルナが押し込んでくる剣に、アルミュールは合わせると言うより滑らせるようにして、鍔迫り合いの形に持ち込まんとする。刃の擦れる嫌な音が、火花でも散りそうなほどに響いた。更に一歩前へ踏み出す、動きに合わせて、
「成る程」
 ダルナが、そっと膝を落とした。鎧姿ががくりとバランスを崩す。押し込んだのは力比べの姿勢に持ち込む為だった。一歩踏み出して体重がかかり切るタイミングを待っていたのだ。押し合う形から引き下がりながら、また何事かを囁く。空間に存在する微弱な電気的要素が増幅され、寄り集まり、迸った。剣を手元に引き戻す。その間に、アルミュールは体勢を立て直していた。しかし、魔法に抗する術はない。盾を引き寄せ、女神の加護を唱えるその姿を、雷撃が貫いて行く。
 何かを焦がすようなにおいと、電撃が作り出した空白に、細い剣筋が閃いた。

 ◆

 闘いは、どちらかと言えば長引いた。片方は打たれ強く、片方はまともに攻撃を受けようとしないが故に。
 ダルナが抜刀と同時に閃かせた剣が、何の手応えも生じずに振りぬかれ、止まった。鎧を砕かれた騎士の、その身が、陽炎へと解ける。
「―――……クソッ。ここで、終わりかよ……」
 アルミュールの吐き捨てる言葉は、苦々しさを存分に含んでいた。澱みなく狂気を孕む緑眼が、敬意にも似た色で悔しさを滲ませる。それを眺めるダルナの視線は、改めて品定めをするかのようだった。その身にはそれなりに深い傷もいくつかはあったが、流れ出す血はなく、所々が損傷した鎧に赤黒いこびりつきだけが残る。はねる呼吸も整えるのは可能で、両の足はしっかりと大地を捉えていた。
「……ふむ。成る程。多少安心した」
「…………何がだ?」
「何、その力量ではな。明日にでもという気持ちがあろうがなかろうが、私の娘はそう簡単に殺せぬだろうよ」
「手前………」
 いっそ飄々とした口調でそう言いながら、ダルナが剣を収めた。それを見て、やっとダートラディアが近づいて来る。
「歳相応の力だとは思うがな。こいつは私が跡取にするつもりで仕込んだのだ、……尤も、それは叶わんらしいが」
 言いながら、ダルナが少しの皮肉を込めながら傍へ寄った娘を見た。その皮肉は、本人にはいまいち届かなかったらしいが。母親より先に、憮然とした表情のアルミュールへと声をかけた。苛立ちを浮かべたその視線はまだダルナのほうを向いていたが。
「えーっと、とりあえず無事でよかった。無事で」
「……これ以上死なねェっつってンだろ」
「蒸発させられたらどうしようかと思ってた。……平気?」
 そう、小さく首を傾げてみる姿に、これではなぁ、とダルナが嘆息する。そして漸く、アルミュールの視線もダートラディアへ移った。
「……あァ」
 鎧姿がゆっくりと溶けて騎士服へと変わり、触れられない霊体の手が、形だけ、一瞬だけ、傾いた頭の上に乗る。そうして、ダルナに向けて、悪かったな、と初めて苦笑めいた表情を向けた。その言葉の意味や理由は、本人には通じても、ダートラディアには理解できない。ただ一瞬、触れるような動作に表情を緩めるだけで。
「或いは、私が普通の娘を育てていれば、こんな悪趣味にはならなかったかも知れん。……不服だが――ディアの子は拝めないだろうと言うのは、昔から察していたことだ」
「……そォだな。会わずに終わったかも知れねェ……」
「ああ、憎らしいな。放っておいて親不幸になる可能性が大きくないのが救いだが――別の所に根を下ろして、どうせ私の死に目にも会えんのだろうし、その後も二度と再び会わんだろうというのも大概親不孝だな。ああ憎らしい。認めたいものではないな」
 ダルナが、会話の意図を読み取れずに居るダートラディアの頭を、軽く小突いた。小突かれた理由も分からないという顔をするその頭に、実体を持たないアルミュールの手がまた一瞬添えられる仕草。その表情には、未だ苦笑が混じる。
「そう簡単には殺されねェんだろ。……なら、また里帰りでもなんでも、すりゃァいいさ」
「親の贔屓目差し引いても、そう思うがな。女は感情の生き物だ、納得出来んものは納得出来んのだ。納得するわけではないが――ふん。私の後から来るのならばな、女神に一言二言の願い程度は伝えておいてやってもいいがな」
「……それなら告げておく。他所の神でも女神は女神だ。…………俺は……"名を秘めたる女神"の騎士、アルベリク・レスタンクール」
  ダルナの言葉をダートラディアが理解するのには、少しの時間を要した。えっと、などと、間抜けな声ばかりが続いて口から漏れる。その脇で、アルミュールが信仰を持つ者としての名乗りを行った。その真意がなんであるかは別としても、ダルナは気に入ったようだった。からからと、笑い声を上げた。
「ほう! いいだろう、覚えておく。しかしお前が生きていないことが少しばかり残念だ、憎らしいがな」
「少しで済んでりゃァ、イイ方だ。……手前にも、いつか勝つさ」
「……え、丸く収まったでイイの?」
「お前は何を聞いていたんだ」
 ようやくダートラディアがダルナに確認した時には、アルミュールの輪郭も薄らぎ始めていた。それがどういう事なのか、ダートラディアは知っていたし、ダルナは空間を通して感じていた。
「けど、これで済んだんなら、イイんだ。怖かったことなんて、一つも起きなかった」
「私は女神の胎に下るのでな。勝ちたければ急ぐことだ。……この山の神気は、削れた異教の身にはきつかろう」
「ハ、勝ち逃げはさせねェよ! ……2~3日は呼ぶなよ、来れねェ」
 二人とも、休めとは言わなかった。
 霊気を薄れさせながら、アルミュールが答える。愉しそうに、また詫びとも釘ともつかないような響きで。姿が宙に溶け、気配が途絶え、土地ともダルナのものとも違う神気が、霊気の名残とともに薄く薄く尾を引いた。
 それらが完全に途絶えてなお、なんとなくその空間を眺めているのは、ダートラディアにとってはいつものことだった。それもやがて、声とともに、母に引かれて部屋へと戻る。

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確かなのは変態という病気を患っている事と、頭がよくない事、年齢制限は大丈夫だという事。
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