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PBCサイト『Petit -ペティット-』に参加中のPLが、主に独り言を呟きたいという欲求を満たす為のブログです。 暫定的に。
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「随分と背が伸びたものだな」
 突然そう声をかけられて、ダートラディアは軽く身を強張らせた。
 高く結われた銀髪が朝日に滲み、薄らと紅を帯びた白磁の肌は五年以上経った今でも年齢を感じさせなかった。モノトーンのシャープな服に身を包み、切れ上がった目にルビー色の瞳が十センチほど下からダートラディアを見ていた。
「……母さん」
 幾つかの問いを含んだ呼びかけだった。女にそれは通じたのだろうが"答え"は返らず、
「五年――六年もすれば当然か。しかしうすらデカくなって」
 そう言って、硬質な表情の、口の端を僅かばかり釣り上げた。




 ダルニームェス・ムーニルドは八歳で戦場に立った元傭兵だった。それなりに名を上げながらも十四で前線を退き、十五の時に第一子を産んでいた。ダートラディアは彼女が十九の時に生まれた二番目の子どもで、長女だった。顔立ちはあまり似ておらず、ダートラディアの背が高いのもおそらくは父親の遺伝だった。父親はもっと大きかったが。
「で、その腕はどうした」
 朝の商店街を歩きながら、ダルナが聞いた。山から吹き降ろす涼しい向かい風が、二人の髪を揺らす。人通りはそれなりにあり、食料品を扱うような店はもう開いていた。その内の一軒、粉物を扱う店に入りながら、
「なんつーか、ちょっとはしゃいで羽目外したと言うか、目の前の欲求に勝てなかったと言うか」
「ふむ。……だいたい予想がついた」
 狭い店内に、パンの焼ける香ばしいにおいが漂っている。この辺りでは、寒さに強い種類の小麦がよく取れた。粗い粉を薄く焼き、それにチーズや炙った干し肉などを巻いたものを幾つか、ダルナは買った。二人とも既に朝食は済ませてあるから、これは集落へ向かう途中で食べることになる――此処から集落まで、一般的な旅人の足で夕方までかかる。馬ならばそれなりの馬と騎手でなければ越えるのは難しい道で、車を引かせるのはなお無理な地形だった。寒冷地のワイバーンを使うのが一番早いのだが、通いなれた地元民である二人ならばさほど苦になる道ではない。もとより、歩いて行くつもりだったが。

「そういやさ、なんで、今日、あの時間、あそこ通るって分かった? 大体の日程は伝えてたけど、詳細言ってなかったと思うのに」
「だいたい予想がつく。気候も穏やかだったし、日暮れ前に家へ着こうと思えばあの時間、普通に町を出ようとすればあの道、だ」
「……そんなもんか」
「残りは、女神の導きだ」
 町を出て少ししたところで、そんな言葉を交わした。人の領域を出て風はますますひんやりとして行ったが、道はひたすらに上り坂だ。街に近いところはまだ道幅もあり傾斜も緩やかだが、進むほどに駄馬では入れぬような道になっていく。北の高地とは言え、夏の暑さを感じずには居られないような。それでも、二人にとってはそう厳しい道でもない。

 ◆

「おかえりなさいっ!」
 どこか舌足らずな印象も受けるような甘い声で叫ぶように言って、少女はダートラディアに飛びついた。母に似た銀の髪がふわりと揺れる。その後ろで、四頭の狼犬が此方を伺っていた。
「ああ、ただいま。セレ」
 きゃいきゃいと笑う少女――セレの髪を、そっと撫でる。そのたびに、頭の上に生えた豹の耳がくすぐったそうに揺れた。彼女はちょうど母と父の中間といった姿で、獣の耳と尻尾を持ち、四肢の末端が毛に覆われ、しかし手指の形などは人間のそれだった。顔立ちはどちらに似たという事もないが愛らしく、どちらかと言えば人間よりなのだろうと思う。体型は小柄。毛色は銀だが、豹らしい模様があった。
「あのね、あたしっ、いろんなことができるようになったの! あ、えっとね、……おねえちゃん、元気だった? 怪我して――」
「してる。見ての通り。右腕。あんま締められると痛い」
「あ、や、ごめんね?」
「んや、平気だけども」
 丸い、いかにも猫か何かという印象を与える目を曇らせて身体を離すセレの頭を、ダートラディアはもう一度ぽふりと撫ぜた。狼犬がぞろぞろと近付いて来るが、それと向かい合う暇もなく、
「ミチェとリートは中か?」
「うん。ご飯の準備してるー」
「出迎えもせんとは全く、何様のつもりやら」
「だからご飯の準備してるんだってばー」
 ダルナが家の中に入るのに、セレが続く。狼犬が自分を一瞥してから妹の後を追うのを何となく追い越して、ダートラディアも扉をくぐった。

 玄関から入ってすぐは石材の床になっていて、その奥に台所があった。魚介とスパイスの香りが空間に広がるせいではないだろうが、四頭の狼犬は鼻をやや高く上げてゆったりと尻尾を振っていた。ダルナがリートに手荒なちょっかいをかけてその手を止めさせている隣で、ミチェがフライパンを振っている。セレは別の部屋へ行ったようだった。
「父さん、ミチェ兄、……ただいま」
「おか――ちょっ、痛い。ダルナちゃんちょっと痛いから」
「やかましい。娘が帰ってきたのに家に篭もり切りとは何事だ?」
「うん。お帰り、ディア。"元気そうで"よかった」
「なにそれ皮肉?」
「かも、ね。」
「いやだって、ご飯――」
「カム貝?」
「そ。スープパスタにする予定だから。まだかかるし、荷物置いてきちゃえば」
「部屋は変えてないからな。荷物置いたらダイニングに来い、茶でも入れておこう」
「ん。分かった」
「ダルナちゃーん……」
 ダートラディアの部屋は、セレと共用だった。もう六年も空けているのだから妹だけの部屋になっていてもおかしくないようにも思うが、部屋にはベッドが二つ並び、ダートラディアのものも清潔に保たれていた。部屋の隅に置かれた箱はそこに置かれてから日が浅いという印象で、おそらくダートラディアのスペースを――感覚的に把握する「自分の空間」空ける為に、何か余分なものを詰め込んだのだろうと推測できた。ベッドの傍へ鞄を下ろすのに、姉を待っていたらしいセレが
「ねえ、おねえちゃん」
「あん?」
「おねえちゃんはさ、なんで急に、もどってきたのかな」
 無邪気に首をかしげた。いっそニタリと笑ってくれればいいと思うほどに、あどけなく。
「おかあさん、言ってたよね。確か、」
「完成品になって戻って来い。若しくは諦めた時には戻ってきてもいい。いつでも待ってる」
「うん。そんなようなことをさ。だからおねえちゃん、なんでかな。"そう"は見えないけど」
「そうだな。どちらかと言えば後者に、けど、正確にはそのどちらでもない気がする」
「……よく分からないね? じゃあ、なんで――」
「それでも、」
 鞄から引き出した剣、布と革に包まれてただ長物であるとしか分からないような状態のそれを立てかけてから、ダートラディアは腰を伸ばして振り返った。
「母さんは迎えてくれたんだ。どう切り出すべきか思いつかねー内に着いちまったけど、纏まったら、アンタにも聞かせることになるだろうよ」
「ふぅん」
 会話が切れるのはあっけなかった。少女らしい軽率な興味が、小難しいものに当たってあっさりと失せるという風に。はたり、とセレの細い尾が揺れた。
「オレはダイニングの方行くけど、セレは?」
「アタシも行く。ツァンたちを見なきゃ」
「ツァン? ……狼犬?」
「うん。あの子たちね、三年くらい前に迎えたの。みんな、いい子」
「ふぅん?」
 部屋を出、ダートラディアがダイニングの椅子に腰を下ろすまでの短い会話は、先とは逆のパターンで途切れた。

「暫くは、ゆっくりするといい。腕の方もあることだしな」
 季節の花茶を前に、ダルナはそう言った。戻って来た理由を問いはしなかった。他の誰も。セレが一度だけ、興味本位で聞いたのを除いて。
 夕飯はカム貝のスープパスタ――この辺りでは元々、穀物を練って乾燥させた乾麺のようなものを湯がいて食べる習慣があったのが、交通や流通の発達によってそういった"妙に都会風の"似た食べ物に置き換わったのだという――がメインで、あとは夏に育つ葉物野菜や果実のサラダなどが並んだ。交わされる会話は離れていた間のことで、短い手紙では触れなかったことからもっと詳しいことまで及んだ。
「――でね、あたし、鳥も使ってみたいなぁって」
「あんまあっちこっち手ぇ出さねー方がイイんじゃね?」
「追々だな。セレはまだ若い。才能はあるが犬の扱いも、狩猟の基礎も完璧ではない」
「ミチェ兄は今なにしてんの?」
「同じだよ、風土と歴史。なんとなく、戦史の方に傾いては来てるけど」
「この辺は元々戦争なんてないけどねえ。魔物も少ないし。もっと下に行けばあるけど」
「その、下のほうに結構あったみたいだから」
「辺境で民族同士がいざこざするのは、何所へ行っても一緒だな」
「そりゃそうだろ」
「おねえちゃん、おさかな食べないのー?」
 手紙の中でダートラディアは、今いる街で足を止めている事を――永住さえしそうな気持ちである事も、明言はしないものの伝えていた。しかしそれに関しても、誰も触れなかった。セレでさえも。それから数日間、ずっとそうだった。

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