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PBCサイト『Petit -ペティット-』に参加中のPLが、主に独り言を呟きたいという欲求を満たす為のブログです。 暫定的に。
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 奇妙な息苦しさを、ダートラディアは覚えていた。




 狼犬をもふもふしようとも、セレを抱き枕にして眠ろうとも、埋まらないものを抱えていた。肺の奥の方が乾いて張り付いて、息が上手く出来なくなるような気がしていた。気がしていただけだ。実際には呼吸に何の支障もなかった。
 ベッドの傍には、密林奥の祠から持ち出した蛇剣が、ニュートラルな油を含ませた布と革に包まれ、単に長物としか分からないような状態で立てかけてあった。念のため置手紙はしたし、そもそも信者を見たことがなかったものの神器の一種と思われるそれを持ち出してよかったものかと、今になって思う。思ったところでどうしようもなかった。
 ダルナやセレに、それは何かと――ダルナにいたってはその「物騒なもの」は何かと聞かれたが、ただ大切なものだとだけ答えていた。嘘ではないが、"自分にとって"大切であるかといえば少し違う気がすると、ダートラディアは考えた。わざわざ答えを訂正する必要は感じなかったが。
 実家について十日を過ぎた。
 已然、此処へ来た本題のほうは切り出せていない。胸の内にある漠然としたそれを具体的な言葉にするならどうなるのか、未だに見当がつかない。
 つまり、もう十日以上、己が半身とさえ思う存在、喪失と執着の原型に会っていない。
 ――アンバランスで歪な神経は、そろそろその不格好さを増してきていた。

 ◆

 深夜、ダートラディアは家を抜け出した。何かと敏感な妹を起こさずに済むかが不安だったが、大丈夫なようだった。隠密技術の初歩を習っていたお陰かもしれない。
 ちょうど満月を過ぎたばかりの月が、辺りを照らしていた。純血の人間であっても、夜に慣れていれば充分に活動できる明るさだった。
 青い夜の中、山道を下っていく。集落を超えて登っていくと本格的に"霊峰"に入るから、違う神の加護を持ち込むのに向いているとは言えなかった。人目を避けるように脇の林へと逸れて、合計で二十分と少し歩いたところで足を止めた。家からは二キロ程度離れているはずだった。
 七月にしては冷え冷えとした――尤もそれはもっと南の低地を基準とした話で、この土地のこの時期、この時間ならば普通のことだ――空気を肺に満たして、
「――アル、」
 何かを押し殺したような響きで呼んだ。その声が宙に溶けて消える前に、もう一度同じ音を唇に乗せる。数メートルで消えてしまうような喚び声は、空気ではない別の力を通して届く。澄んだ夜気に霊気が差し込み、一層にひやりとした。間を置かず、朧な色が像を結ぶ。
「よォ、着いたみてェだな。……どうした」
 僅かに視線を巡らせて、アルミュール――ダートラディアはもう二ヶ月以上、その呼び名を口にしていないが――はダートラディアを見た。既にその身は実体を伴っている。ダートラディアは答えない。ただ、長く息を吐き、吸った。軽く腕を広げ、ぽふり、と。言葉を発さぬまま、いっそ間抜けともいえる仕草でその生身でない身体を抱きに行く。或いは単にもたれるだけのようなその動きを、アルミュールは拒まない。
 暫く、一方が発する呼吸音だけが沈黙を埋めた。やがてダートラディアの喉から、相槌のような響きを持つが特に意味のない音が数度漏れ、
「……どうした」
 再びアルミュールが口を開いた。明確にどうとも言えないが常とは違うような半身の頭に、撫でるというほどでもなく手を置く。反応は、やはり鈍かった。数秒を挟んで、ダートラディアはゆっくりと顔だけを相手に向けた。身体は、相手の存在を確かめるようにほぼ密着させたままだ。
「……いや。やっぱアンタが居ねーと今一落ち着かねーなぁって、ちょっと痛感した」
「あァ……だったら、呼びゃァ良かったじゃねェか」
「アンタのコトを、なんて言ったらいいか。思いつかねー内に察されても困るっつーか、なんだろ」
 下手したら死ぬか、と、僅かに自嘲の混ざる表情でダートラディアは言った。その根拠や事情、そもそも帰郷の理由も知らぬアルミュールにはわけの分からないことだろうが、今はそれでも構わなかった。この状況に満足していると言うように、喉の筋肉を上下させて独特の音を立てる。
 そうして相手のことばかりに感覚を集中しているから、その「原因」の存在に――それが近付いてきていること、正確には痕跡を追われている事に、ダートラディアは気付かなかった。
「なンだ、また妙な取り巻きでも増えやがったか?」
「取り巻き、じゃあねーなぁ……」
 アルミュールの嗤い混じりの言葉に、ダートラディアはどこかのんびりと答えた。こうして話せればいいと言うように。
 追跡者の存在が明瞭になり、アルミュールが目を眇めて片手を剣にかけるのと、ダートラディアがその動作を感知して怪訝そうにするのと、
「ディア」
 そう声がかかるのとは、ほぼ同時だった。

 辺りに存在する"樹木"の属性を通じ、己を溶かしていたらしかった。とは言え、実際に姿が消えるわけではないが。言葉と同時に存在をあらわにしたのは、モノトーンの服と銀の髪に、ルビーの瞳。ゆったりとした足取りで、ダルナは二人へ近付いた。
「おい。"それ"は、なんだ?」
「何者だ、手前ェ……」
「ディア」
 それはなんだ。アルミュールが威嚇的な視線を向けるのを一瞥し、しかしそれに対しては反応を示さずにダルナは続けた。見据えられている娘は、何か言いかけるような素振りを見せては沈黙を重ね、半ば身を強張らせるようにして"それ"と呼ばれたものに張り付いていた。軋むほどではないが、その腕に力を込めて。
「……逆に問うてみようか。お前は、なんだ?」
 埒が明かないと踏んだか、ダルナはようやくアルミュールへと意識を向けた。睨むような目を無視すると言うよりは、受け止めてなお揺らぐ要素がないという風に。
「…………名を秘めたる女神の騎士。この本屑頭のツレだ」
 苛立ちと興味の入り混じった視線とともに返る言葉。アルミュールが離れろと言うように肩を押すが、ダートラディアは動かない。先ほどとは違い、押し留めるような力を加えながら、しきりに言葉を探していた。
 僅かばかりダルナの首が動く。表情らしい表情の変化のない中、その動作が感情に動きがあったらしい事を告げる。
「――本屑とは、よく言ったものだな。ふむ。私は、そのうすらデカい馬鹿の母親だが、」
 アルミュールが、少しばかり驚いたような顔をした。押しやる力が緩む。やっと何か言葉を見つけたらしいダートラディアも、ダルナの視線が再び自分に戻るのに口を噤み、一瞬流れた沈黙を再度ダルナの声が破る。さて、と。
「私の見間違いでなければお前のツレとやらは既にヒトの身でないように思うなぁ、ディア」
 それについてどうにか説明する為に帰って来たのだ――そう言いたかったが、ダートラディアに出来たのは頷くことだけだった。ダルナは数度頷きながら、夜中に抜けたと思ったら亡霊と密会かとか、帰って来たのはそれでかとか、確認するように言葉を重ねたが明確な返事は何所からも来ない。息をひとつ吐いて、ダルナは未だくっついたままの――正確にはダートラディアが一方的に張り付いているだけだが――二人を見比べ、アルミュールの方で視線を止めた。
「しかし――いい度胸をしている。娘は確かに不器用で難しいが、死人と連れ添わねばならんほど対人に難があるということでもないと、私は記憶していたのだがな」
 くすんだ錆色を生み出した一片である赤がじっと緑を見据える。言葉の裏にある意図は、アルミュールには理解できなかった。それぞれの視線は無視されることなく、真っ向から受け止められてなお鋭く返された。厳しく射抜くように、好戦的に断つように。
「煩ェ……勘違いしてンなよ、コイツが俺に添うンじゃねェ。俺が"ダートラディア"を見届けてやるって言ってンだ」
「なお悪い」
 微妙な行き違いのある遣り取りが、何とも言えない表情になった当事者を置いて交わされる。行き違いに気付いているのは、おそらくダートラディアだけだった。何かを言わなければいけないような気持ちが起こったが、やはりそれもダルナによって遮られる。
「今追及したのでは時間が足りんな、ディア。気が済んだら帰って来い、そして寝ろ。明日昼前には起きてくるように」
 言葉とともに娘へと移った視線は、再度亡霊へ戻る事はない。結われた銀髪が揺れ、現れたときよりもずっと分かりやすく、その姿が遠のいていった。
 少しの静寂を挟む。未だ身体の力が抜けきらないダートラディアの意識へ、
「…………オイ。どうすンだ、捻じ伏せりゃイイのか」
 小さくない一石が投じられる。
「捩じ伏せるのは無理だと思う。あれはオレが三人居ても勝てねぇ」
 言いながらやっと身を剥がして、ダートラディアは長い息を一つ吐いた。
「そりゃァ、……面白そうじゃねェか」
「勘弁してくれ。……まあ、とりあえずまずはオレが追求されとくけど、その後でアンタも同席することになると思う」
「面倒臭ェ……」
 ニタリとした嗤いから一転して舌打ちをするアルミュールに、ただその内容次第はでは死ぬと付け足して、ダートラディアは小さく首を振った。
 自分が三人居ても勝てない。それは、故郷を出るときに思っていたことだ。しかし数年経って再開してもそれは変わっていないのだろうと、ダートラディアは感じていた。それでも知らぬふりなどできず、こうしてやって来て言い訳を考えている。何をどう説明するべきか、そもそも自分が何を言いたいのかさえはっきりとしなかったが。自然、目が細められる。
「だが、まァ、死なせる気はねェよ」
 肩を聳やかし、アルミュールが言った。ずっと剣に添えられていた手が離れる。
「いや、死なせるっつーかさ……」
 ダートラディアの言葉は途切れた。続けようとした言葉が、はっきりしない何かに絡みついていた。
 今は一秒でも考えたり感じたりする時間がほしかった。戻るまで、もう少し。

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